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ネパールは、ここにあり 2024オンシーズン 7月から新紙幣が発行されました! 私もやっと2-3枚手元に入った程度ですが、この原料がミツマタであることは多くの方々も周知のことと思います。そしてそのほとんどのミツマタが、かのネパールから輸入されているということをご存知でしょうか?! ニュースをご覧になられましたか? 私がそのことを本格的に知ったのは、今から20年前の2004年のことでした。 そのきっかけとなったのが、某企業の御方からの一本の電話から。 2004年はゆいガイアを起業して6年目、紙の原料のロクタ(ジンチョウゲ)が各産地で現金収入を得るために乱伐され乏しくなっているという話しをメーカーから聞き、ネパールへの恩返しの気持ちもあって、猪突猛進的に手すき原料保全のNPOを始めたころで、「ロクタとミツマタがなくなっているので保全して植林します!」という私たちのメッセージをどこかで知ったという男性からある日電話があり、会って話したい、と。東京駅で待ち合わせをしたところ、そこにいらっしゃったのは、杖をついてやっと歩かれるかなりご高齢の方だった。 おそらく、その御方は某企業の今の代の先代?先々代?の社長さんだったはず。 会うやすぐに有無をも言わさずいきなり大丸デパートのレストランでお昼ごはんを共にすることに。口数少なく、ほとんど無表情で、ただならぬオーラが半端ない。 その会社は、ずっと以前から、日本の紙幣のためにネパールのミツマタを輸入している、とのことだった。これまで私は何人かのネパール人から、ネパールのミツマタが日本の紙幣になっているとたびたび聞いていたけれど、それがホントの話しだったのだとやっと確信した。 その方に言われたのは、「原料がなくなるなんてことはない」「うちもちゃんとネパールで植林している」「おたくは、キロいくらで買ってるの?」と、おおまかな話題はこの3点。 それ以外の会話はほとんど無く、私からは何を聞いていいのか頭が働かない。あとは互いに向き合ってひたすらもくもくと目の前の幕の内弁当を食べるのみだった。 いやいや、豪華なランチメニューでしたけど、緊張しすぎて味がさっぱりわかりませんでした! 私は、その方と直接会うまでは、てっきり、NPOにご寄付をいただける話しになるのだと思いこんでいたのだけれど、そのような話題はつゆ一つなく、ご飯を食べた後はあっさりとさようならをして別れた。はて?? なんの趣意だったのだろう??? でもあとになってから、ああ、もしかして…、そうか、勘違いされたのか~、と やっと理解した。 ご心配なく!私たちはNPOなので、紙幣の原料を日本政府に売るなんてことはいたしません、 と、その後、仲間と笑い話しになったのだけど。 今般、ニュースで「新紙幣の原料はネパールから」、と特集があるたび、このことを思い出す。 ミツマタはネパールでは1,100メートル以上の森で自生しており、紙になるとロクタよりもやわらかいことが特徴。植林に向いていて高確率で成功する。 私たちのNPOも、ドラカ・シンドパルチョークの2郡で何年間もミツマタの植林をした。私は恥ずかしながら植林には門外漢で、方法は現地住民にまかせていたのだけど、住民は雨期に育っているミツマタの枝を刈って、ササっとあちこちの土に軽く埋めて、ハイ、植林完了って、何千本もそうやって毎年植えてきた。それがわずか5年後、2009年には、なんと大きく成長し、素晴らしく群生して立派なミツマタの森になったではないか! 今の時代、日本もキャッシュレスで紙幣の必要性は少なくなってきた中で、ここのところはネパールのミツマタも日本の新紙幣のおかげで需要が急伸した。 かくいう私たちが植林したミツマタも、紙幣の原料として日本に輸出されていることを知り、支援した地域の人々がとても誇らしげに「ミツマタが もんのすごーく採れてみんな幸せだよ!」と報告してくれた様子が、私もたまらなくうれしかった。 もしかして、この新紙幣は、私たちが支援したところのミツマタかも?!と考えると、美しく豊かな森と住民の笑顔がまるで空の向こうに見えてくるようだ。 カレンダーだけじゃなくて、こんな身近にもネパールがあるんだな。 さて、そんなミツマタよもやま話しでしたが、ミツマタ・ロクタ混合のネパールカレンダーが今季も日本にやってまいりました。あたたかい風合いのネパールカレンダーをぜひご高覧いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。 ちなみにゆいガイアカレンダーは、メーカーいわく、エベレストの麓 ソル・クンブ郡ジリ町で漉かれた紙とのこと。カレンダーで、ヒマラヤ地方の空気を味わっていただけたら幸いです。 ゆいガイア 井林昌子 |
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